思い鳩











ぽーっ、ぽーっ。




あの日から、鳩笛の音が、少し変ったような気がする。




ぽーっ・・・・・・・




やっぱり、ちょっと音が低くなっちゃったみたい。


川の中に一時間くらい、浸かっていたからかな。
すぐに洗って、よくおひさまにあてて、乾燥させたと思ったけれど・・・・・・・・・・・・・
素焼きの陶器で出来ているから、どうしても抜けきれない湿気があるのかも。




がたっと、窓が鳴った。



その音につられ、ふと窓の外に目をやると、そこには澄んだ青空が広がっていた。
うすい、靄のかかったような雲が見える。風が強いせいで、窓が鳴ったよう。

まさるくんからこの鳩笛をもらったのも、こんな風の強い日だったな。

幼稚園のころ、二人で行ったお祭りの縁日で、まさるくんが投げ輪でとった“鳩笛”。
それからまさるくんは、肌身離さず鳩笛を持っては夢中で吹いていた。
私はその笛の音が大好きで、笛を吹くまさるくんの後をいつも、ついていっていた。


そんなある日のこと。
ひとすじの、いたずらな風が、私のお気に入りの帽子を飛ばしてしまった。
つばひろの、オレンジ色をリボンのついた帽子。
それがあっという間に、私のあたまからなくなってしまって、どこかにいってしまった。

どんどん目からは涙があふれてきて、飛んでいった帽子の方を見れないくらい、私は悲しかった。
まさるくんはすぐに、帽子をとりに行ってくれようとしたのだけれど・・・・・・・・
そのとき私は、まさるくんの服をつかんでしまい、行かせようとしなかった。

今思えば、そんなに遠くに飛ばされてはいなかったし、そのまま取りにいってもられればよかったんじゃ
ないかな。
でもそのときの私は、自分から大切なものが離れていってしまうのが悲しくて、もしかしてまさるくんも
そのまま離れて行ってしまうと思ってしまい、おもわず服をつかんだのかもしれない。





「やるよ」

「でも誰にも秘密だからな」


泣きじゃくる私に、まさるくんは鳩笛をさしだした。
最初はびっくりして、でもそれがほんとうの事だとわかると、私はさっきまで泣いていたのを忘れ、嬉しくなった。

「うん」
鳩笛を受け取った私は、嬉しさのあまり飛び跳ね、そして照れ臭そうに前を歩くまさるくんの後を、ぽーっ、ぽーっ
と吹きながら歩いた。
そのときの夕陽が、とてもきれいだったのを私はおぼえている。



まさるくんにとって大切な、“たからもの”である鳩笛は、私にとっても大切な“たからもの”になった。



































一度渡しそびれると、だんだんとそのチャンスはなくなり、そしてついには渡せないままになってしまう。



おれは今まで何度、そういうことをしてきたか。
渡せられなかったものは捨てられず、どこかに押し込んでしまっていた。

一番の原因は、藤原の誕生日が二月十四日だということにある。
女が男にチョコレートを渡す日に、男のおれがプレゼントなんて渡せるわけが無い。
そんなこと他の奴等に知れたら、どんなにひやかされることやら。


だがしかし・・・・・・・・・・去年、おれがあの鳩笛を川に投げ込んでしまったせいで・・・・・・・・。
藤原の気持ちを踏みにじり、深く傷つけてしまったから・・・・・・・・・。
あのときは、本当に藤原に悪いと思った。後で川の中に入り、みんなと一緒に探したものの、その日から
“傷つけた”ことが、どこかおれの心にひっかかっていた。


それに幼稚園のときの約束なんて、今更そんなに気にすることもなかったんだ。

飛鳥に鳩笛をあげてしまったこと、おれが藤原にあげたことを話したこと。
ついついその・・・・・・・藤原がおれのやった鳩笛を、何となく軽く見られた感じがして、
いっそ鳩笛がなければ、めんどうにならなくてすむとそう思ってしまい、投げ捨ててしまった。

それ以来、あの鳩笛の音は少し変ってしまったようだ。
藤原の家の前を通ったとき、そう思った。
ちょっと低くなった音色が、おれを責めているようだった。
だから新しい鳩笛を買ったんだが・・・・・なかなか渡せなくて、この前まではほこりをかぶって机の上に置いていた。


にしても・・・・・・・買うのも恥ずかしかったが、渡すのはもっとまずいな。
それに大きさはこれ位だったかな。
あれからもう、六、七年経っているのだから、そこまではあまり覚えていない。



藤原は・・・・・・・・あのことを許してくれているだろうか。
新しい鳩笛をわたしたところで、今更なのかもしれないが・・・・・・・・・
いや、藤原ならわかってくれる・・・・・・・・・と思うんだが。






今おれの右手には、先月渡すはずだった鳩笛がのっている。

学校で渡すわけにはいかないから、放課後に待ち合わせるつもりだったんだが、よくよく考えれば、
あいつらが手伝っているMAHO堂は、お菓子屋をやっているのだから、バレンタイン忙しいはずだった。

学校が終わると、すぐに帰っていていたし、MAHO堂の前でちょっと待ってはいたものの、その日は藤原の誕生日
でもあるし、春風や妹尾たちとでパーティーをするらしく、結局呼び出せる状況じゃなかった。
まぁ、そいうことは毎年のことだし、そもそもおれが、“バレンタインデー”のようなものが嫌いなせいで、藤原も今まで
特に、チョコレートをおれにやるようなことはしなかったんだが・・・・・・・

しかし今回は、おれの方が三月十四日に渡すことになってしまった。
はっきりいってバツが悪い。


しかしおれが悪いわけだし、なんとか藤原がひとりになったときを見計らって、わたさないと。
今度ばかりは、逃げてはいけなかった。
あいつは・・・・・・藤原は・・・・・・・・なんだかんだいっても、おれにとっては特別なんだ。

子供の頃からの付き合いで、しかしさすがに今では昔のように一緒に話すことはないんだが、会話はなくても、
おれたちの仲は変らない・・・・・と思う。







「まさる・・・・・・・・くん?」

背後から急にそう呼ばれて、おれは鳩笛を落としそうになった。
振り向くと、藤原がそこに立っていた。
気のせいか、ちょっと心配そうな顔をしていた。


「どうか・・・・・したの?」
少し眉をしかめながら、藤原は近づいてきた。

そういえば、最近は藤原と顔あわせても、いつもこんな顔をしていたっけ・・・・・・・
幼稚園の頃は、もっと一緒に笑っていたはずだった。
いつからあいつの顔を思い出すのに、笑顔が浮かばなくなったのか・・・・・・・



だいたいおれは、こんな朝早くに、藤原の家の前で待ち伏せなんかしたくなかった。
でもこうでもしないと、まさか学校で渡すわけにもいかないし、放課後でもしチャンスがなかったら、もう渡す
チャンスはないかもしれないと思ったから、こうするしかなかった。

『ホワイトデー』
男が誕生日以外でプレゼントを渡せる日といえば、後はクリスマスくらいだしな。
おれとしては気が進まないが・・・・・・・




「藤原、これ・・・・・・・・」
おれはそう言いながら、鳩笛を差し出した。
あのときと同じように。


「・・・・・・・・・おれから貰ったなんて、今度こそ誰にもいうなよ」

そこまでしか、おれは言えなかった。
顔から火が出そうなくらい、自分の顔が赤くなっているのがわかる。
これ以上ここにいると藤原が何を言い出すか想像するだけで、おれは頭がクラクラしてきて、すぐに背を向けて走った。

後ろでおれを呼ぶ声が聞こえたが、悪いがそれは無視して走り続けた。



その日、その日だけおれは、藤原とクラスが違って良かったと思った。





























眼鏡越しの彼女の目が、嬉しそうにわたしを見ている。


にこにこした顔が、とってもかわいらしかった。


「うふふ」
彼女は含み笑いをして、そして両手で大事そうにわたしを抱え、すりすりと撫でた。
いい気分。

「はづきちゃーん、ちょっといいかしら」
「はーい」

はづきって、この子の名前かな。
母親らしい人からそう呼ばれて、“はづき”ちゃんはやはり大事そうにわたしを抱え、そして机の上に置いた。

「そこで、隣のはとさんと仲良くしていてね」
にっこりと、はづきちゃんはわたしに微笑んで、そして部屋を出て行った。


(そんなに、わたしは大事なものなのかな?)
店先で売られているときは、ほとんど無視されていたし、たまに手にとって見てくれる人も、「懐かしいねぇ」と
一言いっただけで、またわたしを元のところに戻すだけだった。





(それは、まさるくんからの“おくりもの”だからなんだよ)
わたしの隣にいる、わたしよりも少し大きい鳩笛さんが、そう呟いた。



(まさるくん?)

(そう、きみを買っていって、そしてはづきちゃんに渡した人。とても優しくて、最初ぼくはまさるくんの“たからもの”
 だったんだけど、帽子を飛ばされて悲しんでいるはづきちゃんのために、ぼくをプレゼントしたんだ)

(ふぅん・・・・・・・・・・)

(だからぼくたちは、まさるくんとはづきちゃんの、大切な“たからもの”なんだ)


(なんだか・・・・・・・うれしいな・・・・・・・)
たいせつな、“たからもの”。
人から大事にされることは、とても幸せな気持ちになれる。


(ぼくもうれしいよ。いつもひとりでいることが多いから、きみが来てくれて。
 昔は、いつもはづきちゃんがぼくと一緒にいてくれたんだけど、学校には持って行けなくなってからね)

(そうなんだ・・・・・・わたしも、買ってくれたはいいけど、店のみんなと離れたくなくて、少し落ち込んでいたんだ。
 でもやっぱりよかった。こんなにわたしを大切にしてくれる人にめぐりあえて)

(ぼくもそう思うよ。まさるくんとはづきちゃんに会えたこと。それがいちばんなんだ)

(・・・・・・・・良い、笛の音がだせるかな・・・・・・・・・)

(大丈夫さ。はづきちゃんを信じていれば、きっと一緒に楽しめるよ)

(そうだね・・・・・・・・・あ、そういえば、まさるくんの部屋にトランペットがあったんだけど・・・・・・・)

(トラン・・・・・・・ペット?)




わたしと、わたしより少し大きな鳩笛さんは、時間が経つのも忘れ、たくさんお話をしました。

その日は、おだやかな風が吹いていました。


























はづきの部屋からは、ときどき二種類の音色が聞こえてきます。



嬉しいとき、楽しいとき、怒ったとき、悲しいとき、寂しいとき。



どんなときでも、はづきは鳩笛を吹けば、しあわせになれます。



二つの鳩笛は、今日もかわいらしい音色を奏でていました。



まさるとはづきの絆。



どんなに離れても、これからもずっとずっと、深く結ばれていることでしょう。